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日本はどのようにカメラ産業を築いたのか? [海外掲示板]

redditから


planaxis
市場に出回る日本製のゲームや自動車、これらについて質問をされたなら、僕は十分な(どうしてこれら製品が人気なのかについて)説明をしてみせる自信がある。しかし、最近気づいたことがあるんだ。それは、世界のカメラ産業においてキヤノン、ニコン、ペンタックス、オリンパス、パナソニック、シグマ、富士フィルム、ソニーなど、これほどの多くの日本企業が存在感を示している、という点だ。

これは一体なぜなんだろうか? そして、いつ始まった? 日本がここまで写真機器分野において傑出したことについて、何か歴史的背景を教えてくれないか?


spike
いくつか理由があると思う。

数千年遡っても、とまでは言わないが、ここ数百年を振り返ってみても日本人は完璧主義者で、とにかく細部までこだわる人間だったと言える。以前、優れた写真機器を送り出していたドイツ人とよく似ている。実は第二次大戦前から日本にはしっかりとしたカメラ産業が存在しており、しかし外国にはこの事実は知られていなかった。この頃は世界の大半の人間が、この写真機器分野でドイツに敵う者などいない、と思っていた。

第二次大戦末期、ドイツのカメラ産業は衰退し始める。メーカーの多くが東部に集中しており、ロシアによって攻撃を受けたからだ。西部ではライツ(ライカカメラ)が生き残ったが、ここ東部ではツァイス、エクサクタ、他にもドレスデンの工業地帯に存在したメーカーの多くが悲惨な目にあった。さらに悪いことに、ロシア人たちがツァイスのコンタックスシリーズに必要な資料・資材を持ち去っていた。もし遅れなく順調に(コンタックスシリーズが)完成していれば、戦前もっとも優れた35mmカメラになっていただろう。

ドイツと同様に、当然日本もこの頃苦境に立たされていたが、いくつかの小さなカメラ会社(ニコン、キヤノンや旭(後のペンタックス)は再興し、しかもアメリカへと優先的に製品を輸出できるというアドバンテージが日本にはあった。キヤノンはライカカメラをほぼ完全にコピーすることに成功しており、ニコンはライカとコンタックスの特徴を合わせ持たせていた。そして、旭は新たな方向へと舵を切った。そう、一眼レフカメラだ。

ニコン(そして日本のカメラ産業全体)が大きな転機を迎えたのは1951年のことだ。Life誌のカメラマンが、朝鮮戦争の取材に向かう途中で日本に立ち寄った。そこで、彼らが持っていたツァイスのコンタックスカメラに合わせようと、いくつかニコンのレンズを購入したんだ。撮られた写真は鮮烈で、これはニューヨークの技術員たちを飛び上がらせることとなった。こうしてニコンの名声は、瞬く間に成し遂げられたわけだ。

そして、旭は日本初の一眼レフカメラをアメリカで売り出し始めた。これにはTower Reflexと名がついていたが、これはドイツブランドのペンタコンがロゴにしていたタワーにちなんでいる。そして、キヤノンはライカデザインをさらに高尚なものへと進化させていた。

一方のドイツだ。ツァイスは墓穴を掘るのに大忙しだった。(コンタックスⅡのように)戦前のモデルや、戦後の(コンタフレックスのように)実際的ではなく複雑なモデル、これらを焼き増ししたような製品を送り出し、そしてどれもがとてつもなく高価だった。ライツは、ライカM3のように革新的なモデルを生み出したこともあって、顧客基盤を保っていたが、ツァイスはもがき苦しんだ。そして他のカメラ会社も戦後の鉄のカーテンに悩まされた。東ドイツのツァイス工場が初めてコンタックスSという今の近代的な一眼レフカメラをデザインしたが、これがバカバカしいほど信頼できない品で、旭がこれのコピーに成功し、そして新たにペンタックスと名乗って台頭し始めた辺で、勝負はついた。


  superspak
  今日俺は、「ニコンを作り上げたのはレンズだ」という言葉の意味を知った。


  ryebrye
  その写真用レンズの商標を、彼らがニッコール(Nikkor)としていたことから考えても、なかなか面白い言葉だな。


prbphoto
ニコンは三社合併で生まれて、これら全ての元を辿ると1800年代から存在したことになるんだよな。この会社はもう100年もレンズを設計し続けていて、初期の頃にニコンのレンズを購入していた一つの小さな会社、これが今のキヤノンなんだよ。様々な光学的製品に彼らのレンズが用いられていた。

1940年代になるまでは、ニコンはカメラ本体を製造し始めたことはなく、初めて作られたカメラは、ニコンⅠというレンジファインダー・カメラだった。


eastern
60年代には日本製が本当にライカと競い合うようになって、その頃にあるニュースカメラマンが「ライカは最高のレンズを作り、キヤノンは最高のカメラを作り、ニコンは最高の折衷品を作る」と言っていた。


Pinesse
日本人は照準器(戦車や航空機の)用の光学機器を自分で生産していて、第二次大戦を生き残ったこういった企業がカメラのレンズを作り出していた。


xeltius
第二位の地位に甘んじる、ということの重要さが分かるよな。首位に先進的な研究を進めさせておいてから新たに産業を立ち上げ、首位が作ったものを手本により優れた物を作る。

  Clckwrkx
  追随組である方がより良い、というわけではないよ。今回のケースでは、ドイツが自身の地位を守るための努力を怠ったからだ。
  通常、一つのブランド(市場で優位に立っている)を購入してしまえば、他のブランドへスイッチすることは、そのコストを考えても難しい。それに、自分が持っているブランドが市場に溢れかえっていることを考えると、その機器を売って十分な資金とすることも叶わないだろう。市場で優位に立つブランドというのは、多くの場合価格競争でも利あるし、これは追随組が参入することを妨げるからね。


konungursvia
日本人はとにかく品質にこだわっていたよ。そして安い価格で、西欧の古びたカメラたちの代わりを務めてくれた。


bongozap
1983年、俺が初めて手に入れた一眼レフカメラはペンタックスのk1000型、55mm f2レンズだった。小型な割にゴツゴツといかつく、素晴らしいカメラだったな。

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テーマ : 面白いもの発見
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「あの頃、サイバーパンクと聞くと日本を想像したよな」 [海外掲示板]

redditから


otakuman
「サイバーパンク」の板から来たよ。20世紀後半、最先端の電子工学・技術力という言葉はそのまま日本を意味していたと思う。皆もあの頃を覚えているだろう。ソニーのウォークマン、任天堂、プレイステーションの活躍を。今日でもパナソニック、東芝、日立、シャープなんかは、それぞれの分野でしのぎを削っている。

僕の疑問は、なぜその国が日本だったのか? ということだ。なぜアメリカや他の国ではなかったのか? 経済、政治、他のどんな要因を挙げてくれてもいい。僕らが電子工学について語るとき、 日本という国について触れるようになったのはなぜなのだろうか? 


cahamarca
その答えは、おそらく第二次大戦以前の彼らの近代化への取り組みによるものだろう。1868年の明治維新から、日本は西欧諸国の力に並ぼうと技術研究を熱心に進めた。政府の後押しによって彼らは独自の産業資本主義を発展させ、そしてそれは恐ろしいほどに良く機能した。

多くの日本の大学(現東大、北海道大)は科学技術へ力を入れた。第二次大戦前には一つの家が複数の会社を保有するという「財閥」と呼ばれる経営形態が日本にはあり、それは日本の重工業の基盤ともなった。そしてこのような組織の多くは、重工業から(1970年代~1980年代に発展した)電子工学へとそのノウハウを持って進出していった。大戦後、政府は通産省を介して工業生産能力の向上に力を注いだ。しかしながら、「より良い国家のため」とのスローガンの元に、工業の悪い点が見過ごされがちだったこともある(1950年代から1970年代の水俣病のように)。

ところで、日立は1910年に電気駆動モーターを生産する会社として建てられた。東芝は1939年の二社合併(電信会社と白熱電球の会社)によって生まれた会社で、全て元をたどれば1800年代後半から存在していた。任天堂はそもそも1880年代に生まれたカードの玩具会社だった。シャープは1912年創業の鉛筆会社、パナソニックは当初自転車のランプを作り、1918年に生まれた。君の(電子工学分野に発展した)会社のリストを見ると、ソニーだけが1946年に終了した大戦後生まれの唯一の会社だ。ただし、ソニーも今ある工業基盤に多大な貢献をし、最先端の技術を確立していった、ということは事実だけどね。

他に挙げるとすると、トヨタなんかは良い例だと思う。1800年代に生まれた会社で、そもそもは工業用の織機を生産していた。豊田氏の息子の一人が1920年代に自動車製造に興味を持ったことが全ての始まりで、彼は自然とGMの車を購入し、それを工場に持ち込んで技術者たちに見せ、解析を始めた。日本のトヨタミュージアムに行けば、アメリカの車を持ち込み、青写真を作成している彼らのジオラマが見れるよ。こうやって彼らは自動車技術を身に付け、君たちが目にするトヨタ自動車の始まりだ。

さて、なぜ日本はアメリカと比べ、マイクロエレクトロニクス分野で成功を収めたか? 僕の解釈は少し決定打に欠けるかもしれないけれど、それは日本が1950年代~1960年代に多大なアドバンテージを有していたからだと思っている。上に書いたように、日本は重工業と工学ノウハウに関して、とても優れた(電子工学への発展を促しうる)組織形態を有していた。一方でアメリカは地理的、その人口密度から考えても、軍事的使用を想定した限られた物を生産する傾向にあったと思う。なにより、大戦後アメリカが防衛を担ったために、彼らは軍事にそれほど予算を割かずに済んだ。彼らの工業目的は、宇宙開発や兵器開発ではなく、もっと多様な場所に焦点を当てることができた。


AsiaExpert
上の人が既にいくつかポイントを挙げてくれた。ここで俺は日本の政治・経済に多大な影響を及ぼした、アメリカの役割について話したい。

先に言われたように、日本が軍を解体し再軍備が許されなかったことからアメリカがその防衛を担った。このこともあって、彼らは(軍事に金をかけず)富を温存し、彼らの輝かしい未来へと投資することができた。経済成長と新たな国家形態の形成だ。

当初、海外市場調査会(注:現JETRO)から情報を得た通産省や企業の目論見は、アメリカ市場への進出で、政府はこれをとにかく推し進めた。

日本とアメリカの間で交わされた相互協力及び安全保障条約の観点から、日本の製品をアメリカに流通させるための巨大な市場が既に開かれていた。通産省の強いリーダーシップの下、日本企業は早期に巨額の投資を行い、重工業を立ち上げた。この産業インフラはアメリカからの投資によっても賄われ、そもそもアメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争からその消費活動をすさまじく上昇させていたことも理由だ。そして始まる技術産業。日本はそれら製品をアメリカの市場に流通させるのに、絶好のポジションを獲得していた。

アメリカ市場の解放というのは、日本の技術産業にマクロ、マイクロの両方から見ても多大な影響を及ぼしたと言わざるを得ない。

ところで、今日、市場は我々に日本の製品が信頼のおけるもので、高品質、しかしながら少し高価、との認識を持たせている。ソニー、パナソニック等の日本ブランドはもはや見慣れたものだ。

しかし、日本の技術産業から生まれた当初の製品(ラジオやテレビ)というのは我々が今日中国製品に抱くような評判だった、すなわち“安いが信頼できない”、“劣化版コピー”という評判だ。それはアメリカ・ドイツ製品を買う余裕のない人々が手を出す物だった。

しかし日本の技術製品は質を上げ続け、しかもとてつもなく革新的だった。革新的と言っても何か全く新しい物を生み出したというわけじゃない。彼らが得意としたのは既にある製品を手に取り、新しく手を加えていくというものだった。

例えばFAX機器。知らない人も最近は多いだろう。それ自体は随分と昔に生まれた物で、現在の電話、スキャナ・プリンタの特性を合わせ持つようなものだった。これについて知っている人は、おそらく今よく見かけるプリンタぐらいの大きさの物を思い浮かべると思う。しかし当初のFAX機器はどう見ても使い方など分からないほど、巨大な機械だった。使われる場所は病院や警察署などに限定され、プリントアウトに数時間を要した。そこに日本人が手を加えたわけだ。新たに開発したと言ってもいい。より小型に、速く、使いやすく、重要性を再認識させ、広く流通させる。それを見て、すぐに他の者も新たなFAX機器の製造に乗り出したが、もはや追いつくことなどできなかった。市場を占領した。

これが日本の技術産業の戦略だ。第二次大戦前に、戦闘機エンジンに想像だにしなかった改良を加えていったのに似ている。日本の技術産業(会社)は(果実を)を組み合わせて、独創的なジュースを作るのが得意なんだ。アメリカから生まれた多くの物に、日本独自の改良を加えていく。そうやって評判を上げ、高品質な製品を創り出す、日本製という一つのブランドを確立していった。日本企業は革新的で市場で売れる日本独自の製品を生み出す。

そういった彼らの成功の裏には、やはりアメリカとその政府の影響が窺える。複雑な輸出入の手順を簡略化させ、アメリカ市場に進出させ、市場に定着するための資源(資金)を供給した。

極端に言えば、アメリカは日本企業の母体となっていた。進出のための資金、企業の拡張・成長のための基金が可能な限り、アメリカの相互協力及び安全保障条約の責任によって捻出された。そして最も重要なのは、あの頃のドル円の為替レートだろう。また、アメリカは日本製品その物にも影響を及ぼしていた。パートナーのアメリカ企業から、技術ノウハウの提供を受けていたからね。そして彼らはお得意の方法でそれを昇華していった。

ただし、日本の成功が全てアメリカによって成し遂げられた、というわけではないと注釈しておくのは重要だろう。アメリカの政府や企業は確かに日本企業にとって良い環境を創り出したが、実際にその環境を最大限利用し、利益を確立していったのは日本の力に依るものだ。日本経済は世界最大の規模へと発展し、当時の力と言ったら信じられないほどだった。


  Orbitfish
  彼らの品質管理技術も忘れちゃいけない。日本企業は自社製品の品質を管理する、という点で先見の明があった、彼らのそういった技術は元々アメリカから得たものであったにも関わらず、一方でアメリカは実際に取り入れることを嫌がり、30年ほども遅れを取った。


  shenpen
  >しかし、日本の技術産業から生まれた当初の製品(ラジオやテレビ)というのは我々が今日中国製品に抱くような評判だった、すなわち“安いが信頼できない”、“劣化版コピー”という評判だ。それはアメリカ・ドイツ製品を買う余裕のない人々が手を出す物だった。

  こんな時期あったか? 1986年にはカシオの時計、ウォークマンや計算器は評価されていたと思うんだが。随分古い赤井電機のラジオをまだ持っている人もまだ結構いるだろ。1960年代とかのことを話してるんだろうか?


  tog_Jan
  そうだな。1980年代には日本企業は世界中のマーケットを荒らしまわっていたし。


keepthepace
>今日でもパナソニック、東芝、日立、シャープなんかは、それぞれの分野でしのぎを削っている。

シャープは今死にかけてるんだが……。


Chimie45
一番上のCahamarcaが既に日本の工業化については話してくれた。
他に僕が触れておきたいのは、日本のVLSI計画(1980年代に大規模な集積回路をVLSIと呼び始めた。同じく1980年代に通産省が国家プロジェクトとして開発を進め、半導体の製造装置技術の確立に貢献した。企業間並びに企業-政府間の協力が大きかった)が成功した一方で、アメリカのVHSIC(注:very-high-speed integrated circuitsの略、またはその計画。1980年にアメリカ政府が推し進めた計画で、軍用デジタル信号処理集積回路の開発を狙った。この計画は集積回路の物質(半導体)開発、回路構成、パッケージング、アルゴリズムの開発やハードウェア記述言語の一種であるVHDLの誕生に貢献した)はうまくいかなかったという点だ。両方ともに回路の高速化を狙った物で、これについては日立、富士通、東芝、三菱などの日本企業がうまくやっていた。

なぜアメリカのVHSICはうまく行かなかったのか? それはこの計画が軍(国防総省)主導で行なわれ、発展しづらかったことだ。

軍はマイクロ加工を得意とする企業を、軍用技術を発展させるための道具として使いたがり、しかも特にテキサス・インスツルメンツやハネウェル社、モトローラなんかの大企業を好む傾向があった。このため、小さな企業は軍に対して敵対する姿勢を見せていたわけだ。

マイクロ技術の発展には様々な多くの企業を必要とする。しかし、アメリカは企業同士の協力を生みにくい環境にあった。一方で日本企業はよく協力し、政府のプレッシャーはこれら企業がプロジェクトに取り組むための良い刺激となっていた。


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テーマ : 話題
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「日本人と親しくなるのってどうしてこんなに大変なんだ?」 [海外掲示板]

redditから


earnjapanese101
日本に来て数ヶ月が経ったが、俺はここで出会う多くの日本人と交わす「嘘」のコミュニケーションに頭が真っ白になってる。今までアメリカ、タイ、韓国、南アメリカと住んで来たが、こんなのは経験した試しがない。

俺の目の前で起こっていることを語っていこう。まず、俺はバー、レストラン、ショップやらでその人々に出会う。そしてそこで世間話になるわけだ(俺が話しかけることもあれば、向こうから話しかけてくることもある)。時々、この中で俺は彼らと連絡先を交換する機会を得る。そして次回に飲みに行こう・食べに行こう、と俺から提案したり、彼らが誘ってくれたりするわけだが、最後に俺が結局それがいつ頃になるのか(数日後なのか数週間後なのか)についてメッセージを送っても、彼らは一向に返信してくれない。最も奇妙な点は、多くの人が俺のフェイスブックにフレンド申請をしてくれたりするにも関わらず、メッセージを送ろうが返答がない。返信をくれたとしても、これで終わりにしましょう、みたいなそっけないものだ。

女の子が偽のメールアドレスを渡してきたこともあったな。マジでくそったれだ。そんなことされたら、まるで俺が殺人鬼か強姦魔に見えていて、それから逃げるために彼女が取り繕ったように感じる。数週間も経つと、俺は彼らに連絡先を聞こうだなんて一切考えなくなった。ただ彼らが聞いてくるのを待つだけだ。もちろん、今もそんな状態が続いてる。俺からメッセージを送るときも、「この間はどうも、また今度飲みに行きましょう」みたいに短くてお決まりの文章を使うようになってしまったよ。

俺は二十年代半ばの男だ。だけど、ここまで人と接するのに苦痛を感じたことはない。俺は何か間違ったことをしでかしてしまってるんだ。そうなんだよな?


MarcusMinuciusFelix
日本はHigh contextな文化を持っている。これが意味するのは、彼らの会話中の発言が、その言葉通りの意味を持つことが少ないということだ。このことは、日本人が名誉と恥を重んじるという事実にも繋がるだろう。

仮に、今私がノブという人物と出会ったとする。彼は率直に言ってしまえば、他の大多数の日本人と同様に、会話中に彼自身の本心を表には出さない人物だ。しかしながら、彼の視点に立ってこの会話を注視すれば、次第にこの会話の意味を理解できる。

ノブは、ジョンという西欧人に始めて出会った。彼はとても忙しい日々を過ごしており、しかし自身の英語能力には多少自信があった。ジョンはノブに、多くの単純な会話がそうであるように彼の趣味や好きな音楽について尋ねるだろう。ジョンはそこで突然、一緒にコンサートを見に行かないかと誘う。ノブはジョンがとてもストレートな男だと驚くだろう。しかし実際の所、そのコンサートがまさに彼の趣味に合致していたとしても、ノブはジョンとの交友にこれ以上興味があるわけではない。とはいえ、一方でジョンの面目を保ちたいとも考えている。……ノブはぎこちなく笑い、コンサートに行くと伝えた。しかし、その場に居合わせた他の日本人たちは、それが彼の本心でないことに気づいている。ノブが、ジョンのメンツを気にしたことを知っている。人前で、君とはコンサートに行けない、と言うのは彼に恥をかかすことになるだろうとノブは考えたんだ。

ついにそのコンサートの日が来たが、既にノブの方はコンサートのこともジョンのことについても忘れ、彼の本当の趣味であるハイキングと、蝶の採集に忙しくしていた。ノブがコンサートにこなかったという事実は、ジョンの誘いに対する、彼の本当の返答だった。

まとめると、“いくつかの国の文化では、「はい」は「いいえ」を意味する。実際、日本では「いいえ」という解答の代わりにこれを用いることは礼儀だと考えられている”

女性が偽の電話番号や偽のアドレスを持っていたというのも、これに準ずるんじゃないかな。


 PriestmanX
 このノブとジョンの話はあまりに奇妙に思える……。


   MarcusMinuciusFelix
   これは創作だけど、実際の出来事をモデルにもしてるよ。東大に通う生徒と、一時間ほど彼の趣味である蝶々集めについて会話したことがあるんだ。人生で、もっとも気まずい時間だったね(彼は蝶々集めにあまりに熱中している様子で、どこか狂気じみてもいた。会話中、私は始終「こんな男がいるはずがない!」と自分に言い聞かせていたよ。多分、彼に騙されたんじゃないかと思ってる)。彼と蝶々の収集に行く機会を逸してからは、一度も彼とは会ってないな。


      earnjapanese101
      Troll level: Nobu


 Pathological_RJ
 この手のコミュニケーションの相違は、アメリカの北部と南部の間にも少なからず残ってる。最近僕はバージニアからニューヨークに越したけど、少しショックを受けたからね。南部の人々は常に失礼になりすぎないように気を使って、何かしらの招待を直接的に断ったりすることはあまりない。南部の人たちも来るとだけ言って、実際には現れないわけだ。バージニアで北東部の人(ニューヨークやニュージャー出身など)と出会った時は、彼らはこんな礼儀は不快に感じたみたいだ。特に興味がなければ、「消えろ!」みたいなきつい言い方であしらってた。北部(北東部)の会話は、直接的だと思う。
 では、アメリカ南部と日本との違いを考えると、それは多分他人の名誉を気にするかどうかだと思うな。南部の人間は別に他人の面目を気にしているわけじゃなく、自身が無礼に見えないように気を使っている、って感じだ。

 marktully
 これはまさに、アメリカ南部で見られる超叙想法的表現のそれだな。
 「ようノブ! コンサートに来ないか?」
 「うーん、多分行けると思うよ……」
 こうしてヤンキーたちは俺たちが文明人でないと決め付けていく。


 CmndrSalamander
 それより、どうやって彼らにちゃんと「はい」と言わせるかを教えてくれよ。


MarcusMinuciusFelix
自分のコメントにもう少し付け加えておく。日本における親密な交友関係っていうのは、彼らが所属するグループにおいて形成されやすい。

日本は、独特な集産主義とも言える文化を持っている。彼ら個人であるよりも、グループの中の一人として身を置きがちだ。時には個人のアイデンティティさえ、グループの意思として捧げられる。

彼らは、家族・隣人・クラスメート・同僚、あるいは趣味や興味を共有できる者たちと共にその絆を強固にしていくという傾向がある。日本の若者にとって、クラブ活動というのが重要なものだというのもこれから来るものだと思う。彼らが生涯を通して語る交友というものは、そうやって活動の中で共に過ごして来たという時間と、互いに分かち合った経験がからくるものになるだろう。

Geert Hofstedeは、5つの観点からその国の文化について調査したIBMのデータを元に、分析を行なっている。「個人主義度」(集産主義とは対照的なものとして)としたスコアでは、アメリカが91ポイントである一方で日本は46ポイントとなっている。(What about Japan?

(注:引用先では、日本ではグループの強調性が個人の感情より優先されやすいことや、恥や礼を失することに強く感情を抱きやすいことがスコアの低さに関係していると考察されている)

単純にアドバイスするなら、君がもし日本人との交友を深めたいというなら、趣味を覚えろ。町内会に参加しろ。料理教室に入れ。とにかく、何かしらのグループに参加するんだ。

 9kinds
 >彼らは、家族・隣人・クラスメート・同僚、あるいは趣味や興味を共有できる者たちと共にその絆を強固にしていくという傾向がある。

 西欧人は逆に、見知らぬ人としかもなんの関心も共有できないような奴らとでも交友を深めていけるっていうのか?

  MarcusMinuciusFelix
  いい指摘だ。けれど、文化というものについて語るときの一つの問題は、(物ごと・考え方についての)一般化を進めてしまうという点だ。不幸なことに、文化について学ぶとこの問題はついてまわる。だから僕の上のコメントと共に、今一度考えてみて欲しい。今僕が話しているのは、その文化の傾向についてだ。もちろんどんな文化環境においても、個人一人ひとりを見れば、その傾向に背く者たちもいるだろう。傾向の強弱が個人によって異なるなんていうのは世界共通だしね。

  日本人については、これらの場所・活動によって最も強固な交友が得られ“やすい傾向にある”と言っているだけで、西欧人がそうでないと断言しているわけではない。アメリカのように全く見知らぬ人と交友を築けるような機会が、日本では生まれにくいということなんだ。


ukatama
“一夜限りの交友現象”に出会ってしまったようだな。例えばバーに行き、酒を飲み、酔っ払う。そうなると、全く見知らぬ相手にだって話し掛けてしまいそうな大胆な気分になるだろ? 酔っ払っていると気分がよくなって笑い合うようになる。
そして家に帰ってからしらふになり、気づく。自分が全く知らない人物(向こうだって君が誰かなんて知らない)とコンタクトを取ったことをね。彼らがメールを送って来ると、君は「クソ! 一体俺は何について話してたんだ? 全くこの男のことなんて知らないじゃないか」という気分になる。結局君はこのメールについて無視を決め込んだ。
日本の人々は、互いによく知っている関係であるということに非常に安心感を持つ。だからこんな出来事に君が出くわしたとしても、彼らに悪気があったわけじゃない。もちろんこれは全ての個人について言っているわけではないし、この法則から外れる者もいるだろう。ただ、頭には留めておいてほしい。
そしてフェイスブックの件。まあ、人によっては「交友」をコレクションしたがる者もいるんだ。あまり深く考えるな。


 learnjapanese101
 少し前に、焼き鳥屋に行ったんだよ。そこは俺と同じ位の年の日本人で溢れかえっていた。……結局、俺は4時間ほどもその店にいた。彼らと話し、そして酷く酔っ払った。彼らは俺に酒や食べ物をおごってくれて、ここでの経験は日本生活で最高のものとなった。叶うのなら、あの週末の日に戻りたいとさえ感じる。もしもの話なんだけど、俺がまたあの店に行き、彼らとまた出会う。そしたら、彼らはまた俺によくしてやろうと何かしらのプレッシャーを感じてしまうのかな? あの場所で、常連のようになっていこうと考えるのは、奇妙に思われるだろうか?

 ああ、信じられない。俺は今ちょっとした店に入るのでさえ神経質になってる。笑えるよな……。


   ukatama
   大丈夫だ。もしもう一度その焼き鳥屋に行けば、彼らに対して「あの時の外国人だ」と認識を持ってくれるだろう。プレッシャーからではなく、快く君のために居場所を作ってくれるはずだ。きっと歓迎してくれる。

     learnjapanese101
     それを聞けて良かった。


learnjapanese101
付け加えておきたいんだけど、最初に俺が述べたような人とは違う日本人も当然いる。野球観戦や夕食、ビリヤードなんかに誘ってくれたりさ……。俺は、まだ日本を訪れたことのない人々に、全ての日本人が俺の書いたような人物だとは思って欲しくないんだ。ただ、最初にこれをポストした時は、とりわけこの現象について苛立ってたんだよ。


 TheRealSamBell
 魅力的な日本人女性から、偽のアドレスを受け取ったらそんな気分にもなるさ。俺ができるアドバイスは、何が起ころうと彼らに腹を立ててはいけないってことだな。ただ耐えて、そしていつかは必ずちゃんとした友人を君が得られると信じてるよ。そしてそうなれば、君はもうこのことについて悩んだりしないはずだ。挑戦と失敗だよ。
 俺も、最初ここに来たときは同じような気持ちだったしな。


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日本でやってはいけないことや、行くべきでない場所は? [海外掲示板]

redditより


rico_bonsai
ここにいる多くの人は、日本を訪れた時に“何をすべきか?”あるいは“どこに行くべきか?”を尋ねる。今、ちょっと趣向を変えて、“日本で行かない方がいい場所”、“日本でやってはだめなこと”についての話を集めてみよう。

では、まず僕から。
日本を訪れた時、皇居には行かない方がいい。外からでは何も見えないし、旅行者は落胆するだろう。



wonkydonky
俺は皇居が好きなんだが。


Titibu
麻薬の類を、わずかでも所持したまま日本から逃げ出せると思うな。絶対に逃げられない。


cwms
・東京タワーには行くな。行くなら、東京都庁に行くべきだ。展望台には無料で入ることができ、景色を楽しめる。
・電車内では大声で話すな。日本人は、いつも死人の如く口をつぐんでいる。
・写真を撮るなという看板を見かけたら、写真は撮るな。多くの人は君の行為を止めようとはしないだろうが、それでもその看板を無視することは甚だしく失礼だ。
・例えそれが公共の場であっても、許可なく一般人の写真を撮ろうとするな。個人情報保護について、日本の法律は極めて厳しい。
・ポケットナイフを持ち歩いたりするな。幾人かは、これで重大なトラブルに陥ることになった。
・パスポートを置いて、外出はするな。IDはいつでも身につけておかなくてはならない。
・警察に拘留されるような事態は避けろ。絶対にだ。日本の拘留所は誰にも優しくしてくれないし、特に外国人には厳しい。もし六本木なんかで、だれかが喧嘩をふっかけて来ても、無視して歩き去れ。


  the_taco_man
  撮影禁止のサイン以外は同意。多くの場所では、それ単にポストカードとかを買わせるための物で、実際には写真を撮っても構わない。公共の場所や、歴史的な観光スポットではね。だから、僕はこういった場所では多くの日本人が写真を撮っている姿を目撃するよ。
ただし例外は、神社や寺院の中だ。写真を撮ろうと試みた者が、実際に眉をしかめられたところを僕が目撃した、唯一の場所だったな。


  sempuki
  多くの観光客が放つ、多くのフラッシュ。これは絵の具や、歴史的に貴重な芸術物にダメージを与えるのに、十分な威力を秘めているんだ。また、多くの動物たちは眩しい光に敏感で、時にはそれが視力を奪うこともある。
俺は、水族館とかでフラッシュを炊いている奴を見ると、パンチをかましてやりたくなるね。なぜなら魚たちは光に慣れていないし、水槽のガラスに激しく反射する光は、それはそれは恐ろしいものに見えるのさ。単純に、フラッシュ機能をOFFにすればいい話だけどな。
撮影についてなんの断りがなくとも、フラッシュ機能は切っておくべきだ。


  stonerpet
  これには賛成だ。近頃はカメラが溢れすぎていて、いつフラッシュ機能を制御しなくてはならないのかを理解している使用者が少ない。


  drinian
  ポケットナイフって、どんな種類のナイフだよ? スイスアーミーのナイフ(多機能ナイフ)でさえ、ダメなのか?


  luksy
  銃刀法で、刃渡り6cm以上の物はダメだし、よほど良いと思われる理由(キャンプ、釣り、仕事上必要、etc)がなければ許されない。


  SnatchelPaige
  ちょっと待ってくれ。日本に住んでいたとしても、アパートを出るたびに毎回パスポートが必要なのか? それとも、旅行で滞在しているときだけか? 飲みに出かける度に長い間パスポートを持ち歩き続けるなんて嫌だぜ。


  Titibu
  もし君が短期の旅行客として来たなら、いつであろうと外を出歩くときは必要だ。長期であれば、代わりに住民登録を証明するカード(あるいは他のID)を持ち歩くことになる。


Mitcheypoo
東京=日本みたいな考え方はよせ。もちろん東京は日本の一部ではあるが、こういった“ユニーク”な場所での経験が、そのまま日本そのもので得た経験、というわけではない。


  StorKirken
  これは、他の大抵の国についても言えることだけどな……。


the_taco_man
札幌の時計台には行くな。最近、あれは日本のがっかり観光地ランキングの三位に入ったと聞いたよ。少なくとも、俺は同意できるね。退屈なもんだ。


the2belo
もし、ハロウィンの頃に日本に来たとして、頼むから衣装に身を包んで電車を占領するようなことはするな。マジで殺したくなるから。


  paburon
  こういう負け犬どものことだな。




  gullevek
  マジで同意だわ。山手線を占領するような、こういったクソガキどもほど苛つくモノも他にないよな。


mustainerocks
・外国人がたむろするようなバーには行くな。
・一大観光地近くの露店や店で無駄な時間を消費するな。各店で売られているのは大体同じような下らない物ばかりだし、人で混み合っている。
・京都で芸者を探そうとするのは、旅行者にありがちな罠だ。実際に舞子さんが通りにいたら、写真を撮ろうとする旅行客でいっぱいになる。
・日本の城を見ると少しがっかりするかもしれない。多くは当時の形その物ではないし、外見がどれも同じに見える。ただし、姫路城だけは行くべきだ。姫路城は数ある日本の城の中でも優れている(実際に、感銘を与えてくれる)と一般には考えられているし、一度それを見てしまえば、他の城を見る必要も感じない。
・そして、六本木には行くな。観光でいくような場所ではないし、大いなる時間の無駄だ。もし君が、西欧人で溢れたナイトクラブに入るため、4000円ほどもわざわざ投資するような熱心さがない限りは……。


  the2belo
  >ただし、姫路城だけは行くべきだ。姫路城は数ある日本の城の中でも優れている(実際に、感銘を与えてくれる)と一般には考えられているし、一度それを見てしまえば、他の城を見る必要も感じない。

  今、姫路城に行くのはダメだぞ。改修工事中で、足場が組まれてる。


takatori
たとえ他の旅行客や老人がやっていたとしても、電車内でビールを飲んだりはするな。品がなく見える。


Westhawk
ディズニーランドやディズニーシーには行くな。ろくな乗り物がない。


  the_taco_man
  それは納得できない。ディズニーランドはアメリカのコピーだとしても、ディズニーシーはユニークな日本の施設だし、とても楽しい。しかも、もし君がディズニーランドの無い国から来たなら、その楽しさはさらに増大するだろう。それに、ディズニーランド/シーは地球上でも屈指のデートスポットだしな。


weegee
・地下鉄は避けろ。東京の山手線や大阪の環状線などの、地上をはしるラインに比べて値段が高い。それに、そっちの方が景色も楽しめるしな。
・列を作って並ぶとき、前の人と間隔を開けるな。割り込まれるぞ。
・その人が英語を話せると知らない限りは、レストランで他の客や店員に英語で話かけるようなことはするな。たとえ数語しか君が日本語を知らないとしても、日本語を使うように心がけろ。手でジェスチャーし、指で指し、笑顔で、友好的に――だ。
・もし誰かが君に対して失礼な行動を取ったり、ドンとぶつかって来ても彼らを威嚇するような表情を見せるな。そういう時は笑顔を作って、ただ頷くのだ。日本に居る全ての外国人は、自身が外交官であることを覚えておけ。私たちに必要なことは、日本人に対する敬意だ。こうやって、ステレオタイプの“馬鹿な外国人”というイメージを取り去っていこう。
・何か電車で見つけたら、駅の車掌さんに届けよう。もしお金を拾ったら、警察か見つけた場所の店の店員に渡そう。日本には、本当に縁というものが存在していることを覚えておいてほしい。良い行いをすれば、それは帰ってくる。
・日本に来て、マクドナルドで食事をとるようなことは止めろ。味は君の国で味わうそれと同じだし、もっと日本独自の物を探せ。


  sauceplz
  全ていいアドバイスに聞こえるが、日本のマクドナルドはアメリカのマクドナルドよりも、10%増しの美味さだ!


  MakeYouFaggotFlambe
  マックポークってメニューがある。豚肉のバーガーなんて、人生で一度たりとも経験したことがなかったぜ。それは超安っぽくて、まるでクソのように見えるんだが、食べてみたらめちゃくちゃ美味かった。


  TokyoXtreme
  どういうわけか、日本のマクドナルドはアメリカよりも美味いんだよ。多分それは、牛肉に独自のソースを使っているか、それとも食材の新鮮さ、あるいはサービスに対するプロ意識から来るのかもしれない。アメリカの店員と比較して、日本の店員はいい時給をもらっているし、保険も整備されてる。西欧のように権利問題を起こしたりしないしな。
あと、女性店員のミニスカート姿が良い……。


gamaliel64
納豆は食うな。


  cwms
  絶対に反対。俺は皆一度は納豆を食ってみるべきだと思ってる。もし口に合わなければ二度と食わなければいいし、だけどよく聞こえてくる噂を聞いて、ただそれを避けるのはどうかと思うぞ。


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テーマ : 面白いもの発見
ジャンル : ニュース

「外国人の君たちも、サービス残業を行っているのか?」 [海外掲示板]

reddit


DesignUtensil
日本のいわゆるサービス残業について、きみたちはどのような見解を抱いている? もちろん無給での残業は違法といえるが、多くの会社は未だこれを故意的に行なっている。ここには明らかに、深く根付いてしまった文化的な(サービス残業を人に強いる)圧力が存在するわけだけれど、僕が聞きたいのは日本人でない者もこのシステムに屈してしまうのだろうか? ということだ。
君たちの考えや、経験を聞かしてくれ。



wisest_old_man
俺が働いている会社は、その点しっかりとしてるな。そのフロアで、俺は唯一の外国人として働いてる。勤務時間は毎日8時間と15分で、週5日の勤務だ。俺の上司は始業時間の10分前には仕事を始めるように強調しているからね。この自分のシフト時間が終われば、基本的にいつ会社を出たって許される。よっぽどの緊急事態でもない限り、今まで居残るように説得されたことはない。この職場を気に入ってるよ……。勤務中であっても買出しに出たりできるし、その分不足した勤務時間を、居残って補填することもできる。後にその埋め合わせを行えば、一週間のいつであっても休みを取ることもできる。良くないところは、連続した休みを3,4日以上は取れないことぐらいかな。

俺の上司はマジで機械人間だよ。朝の7時か8時には出社して、出るときは夜の10時半。会社まで1時間かかる場所に住んでるのにな。しかも、彼がいつも仕事終わりには居酒屋に飲みに出かけていることを俺は知ってる。というか、休みの日でさえ彼は仕事に出てくる。どうしてそんな生活が続けられるのか、皆目見当がつかない。



  DesignUtensil
  俺の同僚も君の上司と同じような感じだな。彼は31歳で、母親と暮らしているらしいんだが、朝の9時から夜11時半まで、日曜日以外(時には日曜でさえ)毎日仕事をしている。よく自分のデスクで眠りに落ちているところを目撃するよ。我ら販売員たちはどうにも意思が弱い。だから顧客が「この6ヶ月のプロジェクトを、2週間以内に仕上げてくれ」なんていわれても、「はい」と答えてしまう。そして同僚は、ときには一週間のうち5日も徹夜するはめになる。この職場は、何かが間違った方向に進んでいる……。



azureknightmare
僕の過去の仕事の一つ、そこでの契約は残業にはそれに応じた給与が上乗せされるものだった。当初上司は、僕らが早く帰りたがっているときにはその希望を叶えてくれるような良い人だったんだよ。だけど二年目になると、給与に残業手当そのものが最初から組み込まれるようになってしまったんだ。――つまり、残業をしても時間単位での給与計算は行われない。それでも僕はいつも通りに帰宅していたけど、後になって上司に帰るのが早いのではないかと言われた。正式には終業は午後6時となっていて、特にやることがないときは6時半か、7時位には帰っていたんだ。だけど上司は、8時以降まで仕事を続けることを、僕が彼と約束した、そんなことを言ってきたんだ。もちろん、そんな約束はした覚えがなかったのだけれど……。
次の職場でも、残業には終が見えなかった。また終業時間は6時と決まっていたが、もし俺が8時よりも前に帰ろうとすると、「もう帰るのか?」という視線を投げかけられたし、実際に言われた。だって、文字通り僕には何もすべき仕事が残されていなかったわけで、僕は時間を潰すためにウィキペディアのランダム記事をクリックして時間を潰した。

僕は本当に“遅くまで残ることを目的として、遅くまで残る”ことが大嫌いなんだよ。日本ではまるで、長く働くことこそが、勤勉であるかのように捉えられているように感じる。想像してみてくれ、君はどんな仕事でも時間通りに、あるいはその時間よりも早く仕上げることができる能力があるのに、夜8時より前に会社を出るだけで“悪い社員”と噂される。

今の仕事は、ちゃんと一時間毎に残業手当がでるよ。残業が必要だと感じる時には夜11時まで仕事をさせてくれるし、時には週末であっても許可してくれる。もし残業の必要がなければ、5時半には会社を出れるし、誰かがそれを咎めるようなこともない。僕たちは、給与計算に関わるシステムを選択したのさ。より多くの基本給を得る代わりに、時間毎の残業手当がでないシステムからね。大抵の人は、現行のシステムを選ぶかもしれないが、もし時間通りに会社を出ることが許される環境なら、僕は多くの給料を得るよりもそっちの環境を選択する。



  rico_bonsai
  ああ、「もう帰るのか?」って空気や言葉はマジで苛立つよな。自分はもう仕事を終えているというのに、どうして残る必要があるんだ。



tensaibaka
残業代の切り捨てならあったな。俺が以前勤めていた会社は、ずいぶんな無法者だったよ。俺は8時半には会社に出てくるように言われていたが、正式には9時まで俺は存在しないことになっていた。勤務時間外の30分が、いつも切り捨てられていたわけだ。終業時間からの6時―6時半も同様だった
さらに悪いことに、会社はその損失を無くすために、6時半以降(この時点ですでに30分の切り捨てが、当然行われている)の残業はマネージャの許可が必要となった。もし残業が必要だと申し出ると、どうして必要なのかと厳しく問いただされた。だが、それを避けるために早めに会社を出ようとしても、今度は同僚から汚いモノを見るような目で見られた。
いうまでもなく、すぐに仕事を変えたよ。



the2belo
残業代は受け取ってないし、俺自身、極端な場合を除いてはそれを期待しない。例えば、期限に間に合わせるために新しいサーバの面倒をみなければいけないときなんかは、徹夜になる。そして、そういったときには代わりにいつも代休をもらってる。

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